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東京高等裁判所 昭和43年(行ケ)74号 判決

一 特許庁における手続の経緯、本願発明の特許請求の範囲、審決理由の要点が原告主張のとおりであることは当事者間に争いがない。

二 そこで、審決を取消すべき事由の有無について検討を加える。

(一) 当事者間に争いのない本願発明の特許請求の範囲によれば、本願発明は、乾燥剤を封入した気密容器内の相対湿度を二〇パーセント以下の値に保持することをその構成要件とするものである。

1 原告は、本願発明はこのように容器内の相対湿度を二〇パーセント以下に限定することによりエミツタ接地電流増幅率αcbはなるべく大に、コレクタ遮断電流Icoはなるべく小にする相関的満足をうるという格段の作用効果を有するものである旨主張する。そこで、まずこの点について検討を加える。

成立に争いのない甲第一号証によれば、本願発明の特許公報中には、原告の主張するようなαcbとIcoとの相関的満足という表現を用いて説明してある箇所は見当らない。もつとも、同号証によれば、この公報中の発明の詳細な説明中には「この図から相対湿度が〇~二〇パーセントの範囲内ではIcoはほとんど変化しないが、二〇パーセントを超過すると急激に増大してトランジスタとしての特性を著しく低下する。一方αcbは相対湿度の増加とともにかなり増加するが、二〇パーセントを超過すると逆にαcbが減少してまたその性能が低下する。これからわかるように、このようなトランジスタ素子を後述の気体とともに気密容器中に封入してなるトランジスタにおいて、もし密封作業中あるいは密封後の多少の漏洩により、容器内に湿気が侵入して、その相対湿度が二〇パーセントを超過することがあると、半導体特性例えばトランジスタのIco、αcb等が大きく変化してその性能が低下するのである。」旨記載されている事実を認めることはできる。しかし、同公報に記載された図面を仔細に検討してみると、Icoは相対湿度が〇から二〇パーセントの若干手前の範囲内ではほとんど変化せず、二〇パーセントの若干手前よりかなり急激に増大すること、一方、αcbは相対湿度が〇パーセントから二〇パーセントに上昇するにつれて順次かなり増大し、二〇パーセントを若干上廻つたところを頂点として相対湿度が上昇するにつれて順次ゆるやかに減少することがうかがわれる。してみれば、詳細な説明には前記のとおりその相対湿度が二〇パーセントを超過することがあると、半導体特性例えばトランジスタのIco、αcb等が大きく変化してその性能が低下する旨の記載はあるが、相対湿度が二〇パーセント近辺を超過することによつて大きく変化するのはIcoの特性であつて、αcbについていえば、相対湿度が〇から二〇パーセントの範囲内においてもその増減の程度が著しく、〇パーセントの場合には二〇パーセントの場合と比して著しく減少し、相対湿度が五〇パーセントの場合と比べてみてもかなり減少していることが前記図面より明らかに看取することができる。したがつて、αcbをなるべく大にするという要求は、相対湿度〇パーセントの場合には達成されないのであつて、相対湿度が二〇パーセントに近づくにつれてその要求が満足されるに至るのであるから、この要求を満足させるためには相対湿度の上限を画定するだけでは足りず、その下限をも限定しなければならないものと考える。

してみると、Icoをなるべく小にするという要求は、相対湿度の上限を定めることによつて満たされるが、αcbをなるべく大にするという要求は相対湿度の上限と下限とをあわせて限定することによつてはじめて満足されるのであるから、相対湿度の上限のみを限定した本願発明は、両者の要求の相関的満足を達成することができないものといわなければならない。換言すれば、本願発明は原告のいうαcbとIcoとの相関的満足という作用効果を有しないものといわねばならず、したがつて、本願発明の作用効果は、乾燥剤を封入することにより主としてIcoの増大を防ぎトランジスタの特性の劣化を防止することにあるものと認めるのが相当である。

2 原告は、第一引用例にはトランジスタの特性を向上することについての記載は見当らない旨主張する。しかし、第一引用例には点接触型トランジスタの密封容器内に乾燥剤を封入したものの寿命試験としてIc、(本願発明のIcoに相当する。)Vcおよびαの各特性が長時間経過後も試験開始時にくらべて殆んど劣化しないという結果について記載されていることは原告の自認するところである。通常の場合に生ずる特性の劣化を防止するということは、特性の向上といつて差支えあるまい。本願発明の作用効果はトランジスタのIcoの増大を防ぎ特性の劣化を防止することにあることは前記認定のとおりであるから、第一引用例には本願発明の効果と同一の技術内容について言及されているものといえよう。

この点に関して、審決は、本願発明は相対湿度に関し二〇パーセント以下という下限のない範囲に限定しているのみであるから、単に容器内の相対湿度をできるだけ低下させることを目的としているものと解されると説示している。そして、審決のこの説示は、本願発明の構成要件たる相対湿度の二〇パーセントという限定数値に臨界的意義がないことすなわち、本願発明はこのように相対湿度の上限を限定することによつて所定の効果を発生するものとは認めがたいとするものにほかならない。そして、本願発明においてトランジスタのIcoが相対湿度二〇パーセントを境として急激に増大するものとは認められないこと前記認定のとおりであるから、本願発明の作用効果について相対湿度を二〇パーセントに限定することに臨界的意義はないものというべきであつて、これと同旨の審決の判断は正当である。

原告は、本訴においては相対湿度二〇パーセントという数値限定に臨界的意義のあることを否定することは許されない旨主張する。しかし、前記判示のとおり、審決は相対湿度二〇パーセントという数値限定の臨界的意義を否定しているのであるから、本訴においてこの審決の認定の当否を判断しうることは当然である。そして、このことは本願発明が未完成であるというものではなく、帰するところ、本願発明の作用効果が第一引用例のそれと比して格段に顕著なものとはいえないということにすぎない。

(二)1 次に、原告は本願発明の対象は接合型トランジスタに限定されている旨主張する。しかし、当事者間に争いのない本願発明の特許請求の範囲の記載によれば、本願発明の対象は広く密封型トランジスタとされており、接合型トランジスタに限定される旨の記載は見当らない。前記甲第一号証によれば、本願発明の発明の詳細な説明の項には、その冒頭に、「本発明はトランジスタのように容器内に密封せられた半導体装置に関するものである。一般にトランジスタはこれを包囲する雰囲気中の湿度により、その特性にはなはだしい変化を与えるものである。」旨記載され、トランジスタ一般について説明されているのである。のみならず、同項の中には「本発明はこの点に鑑み、半導体素子を容器内に例えば窒素とともに封入するに際し、同時に適当な乾燥剤を封じ込んだものである。」

(公報二ページ左欄一八行より二〇行まで)との記載も見られ、半導体素子全般についての説明と見られる部分さえある。これらの記載に、公報のその余の記載を総合してみれば、本願発明は、その技術的課題、構成および作用効果に関しては、トランジスタ一般を対象として記載されているのであつて、接合型トランジスタに限定する趣旨であると解することのできる記載はどこにも見当らない。もつとも、発明の詳細な説明の箇所においては、合金接合型トランジスタに関して例示されているが、この記載は本願発明の実施の一態様を示すものであつて(明細書の図面に記載された表が合金接合型以外の接合型トランジスタ一般については必ずしも適合するとはいいえないことは、成立に争いのない丙第二号証の記載に照らして明らかである。)、この記載から本願発明の対象を接合型トランジスタと限定すべきものと解することはできない。したがつて、本願発明の対象が接合型トランジスタに限定されている旨およびこれを前提とする原告の主張は理由がない。

2 原告は、審決が本願訂正書(案)に関し、本願発明の目的をIcoを減少させる目的で接合型トランジスタを乾燥剤とともに容器内に密封するものと認定したのは、本願発明の目的の認定を誤つて引用例と比較対照するものであると主張する。しかし、本願発明の目的が原告の主張するようにαcbとIcoとの相関的満足を図ることにあるものではなく、Icoの増大を防止するにあることは前記認定のとおりであるから、原告の指摘する審決の認定が誤りであるということはできない。

3 また、第二引用例には容器内にトランジスタとともに乾燥剤を入れること、相対湿度を二〇パーセント以下に限定するについての示唆があるとはいえないことは原告の指摘するとおりである。しかし、審決は訂正書(案)に記載された発明は、第一引用例および第二引用例の記載から容易に考えられるとするものであり、成立に争いのない甲第七号証によれば、第一引用例には容器内にトランジスタ(点接触型)とともに乾燥剤を入れることの記載があり、容器内の相対湿度をできるだけ低下させることについての示唆があるものと認められるから、第二引用例にこれらの点について示唆するところがないからといつて、それだけで訂正書(案)に関し、引用例との比較対照を誤つたものであるということはできない。

4 原告は、第二引用例に記載されたαcbとIcoと湿度との関係は本願発明のそれとその変更傾向を著しく異にする旨主張する。そこで、前記認定の本願発明の作用効果に照らし、第二引用例に記載されたαcbの変化の傾向はさておき、Icoの変化の傾向について検討してみる。

成立に争いのない甲第八号証の記載によれば、第二引用例の第一二図には、npn接合型トランジスタの逆電流(Is)(本願発明のIcoに相当する。)は、湿度の増加により増大し、pnp接合型トランジスタの逆電流は、湿度が〇から四二パーセント位まで増加するにつれて減少し、湿度がそれ以上増加するにつれて増大する旨記載されている事実を認めることができる。なお、前記甲第八号証によれば、第二引用例は真空中の水蒸気圧を変化させて行つた実験結果を記載したものであり、相対湿度の変化に応じた実験結果を記載したものではない。しかし、前記甲第一号証によれば、本願発明においては気密容器内の雰囲気は乾燥気体であれば足り、その他に何らの限定をもしていない。そして、その一例として窒素が掲げられているところ、前記甲第八号証によれば、この窒素は合金接合型トランジスタのIsに対して全く影響を与えないものであることが認められる(甲第八号証四九四ページ左欄下から三行目から右欄上から四行目まで参照)。したがつて、本願発明のIcoに影響を及ぼすべきものは水蒸気であるといつて妨げない。それ故、第二引用例が真空中の水蒸気のIsに及ぼす影響について記載したものである以上、この記載が本願発明の相対湿度の変化のもとにおけるIcoの変化を示唆しえないものということはできない。そして、本願発明の作用効果がトランジスタのIcoの増大の防止にあること前記認定のとおりであるから、第二引用例には本願発明のこの効果に相応する技術内容が記載されているものといつて差支えない。

以上の次第であるから、訂正書(案)に関しての審決の判断には、原告主張の違法があるということはできない。

三 よつて、本件審決には原告主張の違法はないから、原告の請求を失当として棄却する。

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